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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和56年(ワ)860号 判決 1985年12月26日

原告 浦谷和子

<ほか四名>

右原告五名訴訟代理人弁護士 宮崎定邦

同 田中秀雄

被告 中澤榮二

右訴訟代理人弁護士 中井一夫

主文

一  原告浦谷和子、同前田千鶴子、同結城憲市及び同前田冨美子の第一次及び第二次の各請求をいずれも棄却する。

二  被告は、原告浦谷和子に対し金四二五万円、同前田千鶴子に対し金二五〇万円、同結城憲市に対し金六五〇万円、同前田冨美子に対し金一四〇〇万円及び右各金員に対する昭和五五年一一月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  右原告らのその余の第三次請求を棄却する。

四  被告は、原告田渕彪に対し、金二三六一万二一一四円及びこれに対する昭和五五年一二月一日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員を支払え。

五  原告田渕彪のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、原告田渕彪を除くその余の原告らと被告との間では被告に生じた費用の五分の四と右原告らに生じた費用を合したものを二分し、その一を被告の、その余を右原告らの各負担とし、原告田渕彪と被告との間では全部被告の負担とする。

七  この判決は、右第二及び第四項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告浦谷和子、同前田千鶴子、同結城憲市及び同前田冨美子

(一) 第一次及び第二次の各請求

被告は、原告浦谷和子に対し金八五〇万円、同前田千鶴子に対し金五〇〇万円、同結城憲市に対し金一三〇〇万円、同前田冨美子に対し金二八〇〇万円及び右各金員に対する昭和五五年一一月一七日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員を支払え。

(二) 第三次請求

被告は、原告浦谷和子に対し金八五〇万円、同前田千鶴子に対し金五〇〇万円、同結城憲市に対し金一三〇〇万円、同前田冨美子に対も金二八〇〇万円及び右各金員に対する昭和五五年一一月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

(四) 仮執行宣言

2  原告田渕彪

(一) 被告は、原告田渕彪に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年三月一日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告浦谷和子、同前田千鶴子、同結城憲市及び同前田冨美子(以下「田渕以外の原告ら」という。)の関係

1  請求原因

(一) 第一次請求

(1) 田渕以外の原告らは、被告に対し、昭和五五年一一月一七日、別紙貸付金一覧表(一)の貸付金額欄記載の各金員を、同表記載の弁済期及び利息の約定で貸し渡した。

(2) よって、右原告らは、被告に対し、右各消費貸借契約に基づき、右各貸付金元金及びこれに対する各貸付日の昭和五五年一一月一七日から各弁済期の同五六年二月一七日まで約定利率の範囲内で利息制限法所定限度の年一割五分の割合による利息並びに同月一八日から支払ずみまで同割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 第二次請求

(1) 仮に第一次請求記載の各金員が貸金ではないとしても、右原告らは、被告に対し、昭和五五年一一月一七日、被告が右原告らに対し元金及びこれに対する月一割の割合による金員を支払うとの約定の下に、別紙貸付金一覧表(一)記載の各金員を交付したのであるから、それは消費貸借類似の無名契約である。

(2) よって、右原告らは、被告に対し、右無名契約に基づき、別紙貸付金一覧表(一)記載の各金員及びこれに対する昭和五五年一一月一七日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員の支払を求める。

(三) 第三次請求

(1) 被告は、昭和五五年一月二六日、西宮市民会館において、「経済問題講演会」なるものを主催し、原告前田千鶴子(以下原告千鶴子という。)ら被告の親戚、知人、後援会員らを集め、当時大規模な株の買占めによる仕手戦を行って話題になった「誠備グループ」のリーダーの訴外加藤暠(以下加藤という。)を講師として招き、同人を自分の経済顧問で相場の神様であると紹介し、同人に「皆さんを絶対に株で儲けさす。皆さんが出す金額と同額の金を自分も保証金として出すので、絶対に損はさせない。出資した元金は保証する。」等と講演させ、被告自身も秘書の訴外能登栄三(以下能登という。)とともに同様の口調で勧誘し、右出席者をはじめ、同人らを通じてその知人らに対して、株式投資の出資者を募った。

(2) そのため、田渕以外の原告らは、右のような被告の直接または間接の勧誘を受け、「元金は保証する。」との言を信じ、その募集に応じて、株式投資のために被告に金員を預託し、被告や加藤を通じて株式取引を行うようになり、数回にわたって投資をくり返したうえ、昭和五五年一一月一七日には、同じ目的で、別紙貸付金一覧表(一)記載の各金員を被告に預託した。

(3) 被告は、右原告らの出資した金員により、株式投資による利殖を行っていたが、昭和五五年一一月一七日の出資金により買付けた株式が、同五六年二月ころ大暴落をきたし、結局、右原告らの出資金は全損に帰し、右原告らは、右投資金を全然回収できなくなった。

(4) 株式の取引においては、価格の変動はつきものであるから、絶対に儲かるとか、損をさせないとか言って他人に株式投資を勧誘すべきではなく、証券取引法も、これにつき、断定的判断を提供したり、損失を補償することを約してその勧誘を行うことは禁止している(同法五〇条一号、二号)ものであるところ、被告には右規定に違反して前記のような詐術的勧誘を行った過失があり、それによって右原告らは前記各金員を出資した結果、その金額相当の損害を蒙ったものである。したがって、右原告らの右損害は、被告の過失によって生じたものであるから、被告は民法七〇九条により右損害を賠償すべき責任がある。

(5) よって、田渕以外の原告らは、被告に対し、別紙貸付金一覧表(一)記載の各金員及び右各金員に対する不法行為の日である昭和五五年一一月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因(一)ないし(三)の事実はすべて否認する。

田渕以外の原告らが、株式取引の決済資金として、左記各金員を新日本証券株式会社神戸支店の右原告ら各自名義の株式取引口座に振り込んだことはあるが、それは右原告らが自分で株式取引をなすために各自その資金を振り込んだものであって、被告に対する金員交付ではなく、そのほか名目の如何を問わず、右原告らと被告の間に金員の授受はない。

(1) 原告浦谷和子

ア 昭和五五年五月二一日 金六〇〇万円

イ 同年八月四日 金五〇万円

ウ 同年一一月一七日 金二五〇万円

(2) 原告前田千鶴子

同年八月四日 金五〇〇万円

(3) 原告結城憲市

ア 同年五月二一日 金一〇〇〇万円

イ 同年一一月一七日 金三〇〇万円

(4) 原告前田冨美子

ア 同年八月六日 金二〇〇万円

イ 同年一一月一七日 金一二五〇万円

二  原告田渕関係

1  請求原因

(一) 原告田渕は、被告に対し、別紙貸付金一覧表(二)の貸付日欄記載の日に、同表貸付金額欄記載の各金員を、同表記載の弁済期及び利息の約定で貸し渡した。

(二) よって、原告田渕は、被告に対し、右各消費貸借契約に基づき、各貸付元金合計金三〇〇〇万円及びこれに対する各弁済期の後である昭和五六年三月一日から支払ずみまで約定利率の範囲内で利息制限法所定限度の年一割五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて否認する。

被告は、原告田渕主張の日に、その主張の額の金員を、同千鶴子から交付を受けたことは認めるが、右金員は原告千鶴子から借り受けたものであって、その貸主は原告千鶴子であり、同田渕ではない。

3  抗弁

仮に、右消費貸借契約の貸主が原告田渕であるとしても、被告は、昭和五四年一一月以降弁済期までの間毎月末に利息を支払い、同五五年一一月にはその元本も弁済している。

4  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

(田渕以外の原告らの関係)

第一本件の経過

《証拠省略》を総合すると、本件の経過として以下の事実が認められる。《証拠判断省略》

一1  昭和五四年頃、「誠備グループ」あるいは「誠備投資顧問室」と呼ばれる投機集団か、そのリーダー格の加藤を中心に、全国的に多数の会員を擁し、巨額の資金を動かして、株の買い占めによる大がかりな仕手戦を行って話題を集め、その仕手戦の最中の昭和五六年二月に加藤が脱税容疑で逮捕勾留されるという事態から、誠備グループ側の大敗北に終り、いわゆる誠備グループ事件として全国的に報道されたことがあったが、本件もその事件に関連して生じたもので、昭和五五年一月頃、当時兵庫県会議員であった被告が、政治資金集めを目的として、右誠備グループのリーダーで、相場の神様としてもてはやされていた加藤を経済顧問として招き、後援会の会員や親戚知人らを集めて株式投資グループを作り、加藤の指導や助言によって、誠備グループの仕手戦に便乗して株式投資を行い、多大な利益を上げて、その中から政治献金名下に政治資金を得ようと目論んだことが発端である。

2  すなわち、被告は、昭和五四年夏ころ、加藤と知り合い、そのすすめに従って株式投資を行ったところ、直ちに投資金額とほぼ同額の利益を取得したため、その有利さに着目し、親戚知人や後援会の会員から出資者を募って株式投資グループを作ることを計画した。そこで、昭和五五年一月二六日、西宮市民会館において、加藤を講師に招き、「八〇年代を株で儲ける方法」をテーマとして、「経済問題講演会」なるものを開催し、親戚知人や後援会員ら十数名の出席者を集めたが、原告千鶴子もその出席者の一人であった。

その講演会の席上で、被告は、出席者らに対し、講師の加藤を「株式評論家で、株の神様である。」として紹介し、加藤もまた、「社会情勢からみて今は株が一番もうかる。私についてくれば絶対に損はさせない。私も皆さんの出資額と同額を出資するから、株価が半分になっても元金は保証される。」等と株式投資の有利さを強調する話をして、出席者らに株式投資を行うことを勧誘した。

3  そして、右出席者らもその勧誘に応じて、中沢グループあるいは中沢ファンドともいわれる投資グループの形で、各自の出資金を集めて株式投資をすることになり、以後は能登が事務局を担当していくこと、出席者らは株式投資を目的として金員を出資すること、その出資金の投資対象となる株式の銘柄、その売買時期及び実際の売買手続等については、本件投資グループの事務局である能登に一任すること並びに投資者は配当利益の二割を政治献金として被告に寄付すること等の提案がなされ、出席者はこれを了承した。そして、少くとも一年間投資を継続し、その期間の終りには投資額が倍増することを目標にするが、その期間の途中で利益配当を行うために、ほぼ二か月ごとに一旦手仕舞いして損益計算を行うことにして、以下に述べるとおり、四回にわたって株式投資が行われた。なお、右のように、本件投資は被告が主宰する中沢グループあるいは中沢ファンドと呼ばれるグループの共同投資の形で行われるものであるが、実際の事務手続一切は被告の秘書の能登が同グループの事務局としてすべて担当し、投資対象の株式の銘柄の選定、買付あるいは売付の時期、価格、数量などは加藤の指導に従って株式の売買が行われた。

二1  第一回目の出資は、昭和五五年二月二一日ころ、期間を約二か月と定めて行われた。これには、前記講演会に出席した原告千鶴子が金一〇〇〇万円を出資したほか、その講演会の内容など本件株式投資の話を伝え聞いた原告浦谷が金一〇〇万円を、同冨美子が金八〇万円を、それぞれ出資した。

2  能登は、右原告らを含む出資者全員から集まった出資金によって、石井鉄工及び宮地鉄工の各株式の売買を行い、昭和五五年四月一七日ころ手仕舞いをしたところ、若干の損失の結果に終ったが、加藤、能登及び被告らで話し合って、第一回目から出資者に損をさせるわけにはいかないということになり、同月二二日、第一回目の出資者を西宮市民会館に招集し、「今回は損をしてしまったが、月一割の配当をつける。」と述べたうえ、各出資元金にこれに対する月一割の割合による配当額からその二割を被告に対する政治資金として控除した額を付加した金額を各出資者に償還した。

三1  第二回目の出資は、同年五月二一日ころ、期間を約二か月と定めて行われた。これには、田渕以外の原告らが、それぞれ、左記金員を出資した。

原告浦谷 金五五〇万円

同千鶴子 金二〇〇〇万円

同結城 金一〇〇〇万円

同冨美子 金三五〇万円

2  能登は、その回の出資金によって、宮地鉄工及び巴川製紙の各株式の売買を行い、同年七月二〇日ころ手仕舞いがなされた結果、投資金額とほぼ同額に近い利益をあげることができた。

3  しかし、被告及び能登らは、前回損をしていたこともあって、今回については利益を全部出資者に還元したくないという気持ちになり、以後は投資による利益の有無及び金額にかかわらず月一割の割合による定額配当をすることにした。そして、同年七月一五日ころ、出資者を西宮市民会館に招集し、出席者らに対し、右のように配当方式を変更する旨を提示するとともに、「もうけを全部取りたい人は今回限りにして欲しい。」と申し述べた。これに対しては、出席者の中の訴外前田ふじ子から、「前回も一割、今回も一割というのであれば貸金と同様に考えてよいのか。」との質問がなされ、被告及び能登が、「そのように考えてもらって結構である。」と答えるというやりとりがあり、これを聞いた訴外中澤栄一(被告の兄)が「あくまでも株でやりたい。」と反対し、訴外豊島善幸もこれに同調して、右両名は結局その回限りで投資をやめることとした。しかし、その余の出席者はその配当方式の変更を了承し、原告浦谷、同結城及び同冨美子は当日出席していなかったが後にそれを聞いて同様にこれを了承した。

4  そして、右原告らは、同月二三日ころ、協和銀行西宮北口支店において、元金に対する月一割の割合による金員からその二割の被告に対する政治献金及び五分の事務局費を差し引いた金額を、それぞれその回の配当として受け取ったが、その回の出資元金については、原告千鶴子はそれを被告から借入れていたのでその返済金にあて、その余の右原告らは、これを第三回目の投資元金の一部または全部にそのまま充当した。

四1  第三回目の投資は、同年八月四日、期間を約三か月と定めて行われた。これには、原告浦谷が金六〇〇万円を、同千鶴子が金五〇〇万円を、同結城が金一〇〇〇万円を、同冨美子が金五五〇万円をそれぞれ出資した。

2  能登は、その回の出資金によって、日立精機及び東海工業の各株式の売買を行い、同年一一月八日ころ手仕舞いがなされた結果、元金の数割程度の利益が出た。

3  そして同月一〇日ころ、協和銀行西宮北口支店において、右原告らは、元金に対する月一割の割合による金員からその二割の被告に対する政治献金及び五分の事務局費を差し引いた金額を、それぞれその回の配当として受取ったが、その回の出資元金については、各原告とも、第四回目の投資の出資元金の全部または一部にそのまま充当した。

五1  第四回目の投資は、同年一一月一七日、期間を約三か月と定めて行われた。これには、原告浦谷、同千鶴子、同結城及び同冨美子が、それぞれ、別紙貸付金一覧表(一)記載の各金員を出資し、能登は、その回の出資金によって、安藤建設、不二屋及び協和電設の各株式の売買を行った。

2  ところが、その回の手仕舞いがなされる前の昭和五六年二月、前述のように加藤が脱税容疑により逮捕・勾留のうえ起訴されるという思わぬ事態となり、同人の関与していたいわゆる誠備銘柄の株式はいずれも大暴落するに至り、その回買付の安藤建設、不二屋及び協和電設の株式もこれに伴って大暴落をしたので、同年三月初旬に手仕舞いがなされた結果、大きな損失を生じ、その回の出資金全額を上回る全損に帰し、結局その回をもって中沢グループあるいは中沢ファンドと呼ばれる被告の主宰する本件株式投資グループは挫折破綻することになった。

第二田渕以外の原告らの請求の当否

一  第一次請求について

1 以上認定の本件の経過のとおり、田渕以外の原告らは、被告の主宰する株式投資グループに加わって、四回にわたり投資金を醵出して株式投資を行ったが、右原告らが被告に貸付けたと主張する別紙貸付金一覧表(一)の各金員は、その最終回の第四回目の投資金としてそれぞれ醵出した金員である。したがって、それは第一回(原告結城は第二回)からの一連の継続投資としてなされたものであるが、《証拠省略》によって認められるように、これらの原告らが醵出した投資金は、いずれも新日本証券株式会社神戸支店(以下新日本証券神戸支店という。)へ入金(預け入れ又は振込送金)されたうえ、右原告ら各自の名義の信用取引保証金口座へ再預託されている。そして、それがその後逐次取崩されて株式の買付代金や信用取引の決済に充当されているので、これらの投資金は直接被告が受領してはおらず、各原告らが各自の信用取引保証金口座を開設して自ら株式取引を行ったかのように見られないでもないが、そのように各投資者名義の口座を開設したのは各投資者の投資金を分別する便宜のためであり、その投資金はすべて被告(実際には本件投資グループの幹事役の能登)が一括して運用し、新日本証券神戸支店からの株式売買報告書の送り先も右原告ら各人の住所ではなく、神戸市生田区中山手通五丁目一五番二九号シェイエンタープライズの被告事務所宛にして、その個々の株式の買付や売付等の取引はすべて被告あるいは能登の一存で行われ、各投資者はこれに全く関与せず、売買する株式の銘柄さえ知らされていなかったのであるから、新日本証券神戸支店に入金になった各投資金は被告の所有管理下に入ったものと見るべきであり、新日本証券神戸支店へ入金になった時点で被告が受領したものと認めるのが相当である。

右原告らは、右各金員は被告に対する貸金であると主張するのであるが、その投資金は、各投資者が投資グループの主宰者としての被告に対し、株式投資という一定の目的のために預託し、これを運用して利殖を行うことを委託するものである。被告においてその受取った金員を一定期間運用したうえ、これを右原告らに返還するという外形は金銭の貸付に類似した点もあるが、被告はその金員を自己のために自由に使用できるわけではなく、右原告らのために株式投資を行うという一定の用法が定められていて、それ以外の用途に使用できるものではないから、単に目的物を一定期間自由に使用したうえ同種・同等・同量の物を返還することを内容とする消費貸借契約とはその本質を異にするというべきである。したがって、右原告らと被告との間でなされた別紙貸付金一欄表(一)記載の各金員の授受は金銭消費貸借契約によるものと認めることはできないから、同契約にもとづく右原告らの第一次請求は理由がない。

二  第二次請求について

1 右に述べたように、田渕以外の原告らが醵出した別紙貸付金一覧表(一)の各金員は、株式投資による利殖を行う目的で被告に預託されたものであるが、前記認定の本件の経過に見られるとおり、それは、被告が主宰者となって一団の人々による投資グループを作り、それらの人々が醵出した投資金を一括し、その合同運用としての株式投資を行い、それによって得た収益を各投資者に投資額に応じて配当金の形で分配し、自らもその主宰者としての報酬を、その配当金の中から政治献金名下に配分を受けようとするものであり、その方式は証券会社が一般投資者を募集して行う証券投資信託に似通ったものであって、被告が投資者を募って、個人的証券投資信託の運営を試みたものにほかならない。本件の投資グループが被告の名をとって中沢ファンドなどと呼ばれていたのも、正にそのことを言い表わしているものといえる。そして、そのいわば個人経営の証券投資信託を主宰する被告と、これに対して投資金を醵出した右原告ら投資者との間の法律関係は、各投資者がその投資金を被告に帰属させ、その投資金をもって利殖のために株式投資をなすことを委託し、被告はその指定された目的に従って投資金を運用することを引受けるものであるから、それは財産権の移転その他の処分をなし、他人をして一定の目的に従い財産の管理及び処分をなさしめること(信託法一条)であり、一種の信託契約ということができる。すなわち、各投資者が委託者、被告が受託者となり、各投資金を信託財産として、運用方法を利殖目的の株式投資と特定してなされた金銭信託である。

このように、各投資者と被告との間の法律関係を一種の金銭信託契約であるとすれば、受託者である被告は、その信託財産である投資金を、信託契約に定められた運用方法に従って、善良な管理者としての注意義務をもって管理処分すべき義務を負うことになるが、株式という値動きのあるものに対する投資である以上、必ずしも利益を挙げるばかりではなく、損失になることもあり得るわけであるから、最終計算の結果信託財産に欠損を生じていたとしても、その運用方法が善管義務に違反していたことによって損害賠償責任を負うことは別として、受託者は、信託終了時において残存する財産を委託者に引渡せば足り、その損失を補填すべき義務はない。したがって、信託契約において受託者が信託終了時に元本補填あるいは利益補足をなすべきことを特約しない限り、委託者は信託終了時における残存財産の引渡を受ける権利を有するだけで、投資金の元本あるいはこれに対する収益金を当然に請求できるものではない。

2 そして、右原告らが第二次請求において主張している貸金類似の無名契約というのも、この信託契約のことであって、これに元本保証及び元本に対する月一割の割合による配当金を支払う旨の特約が附随していたとして、その特約にもとづき、投資金の元本及びこれに対する月一割の割合による約定配当金の支払を求めるものと解することができる。そこで、以下、右特約の成否につき判断する。

3 右原告らの主張によれば、右特約は、前記本件の経過の三3の項のとおり昭和五五年七月一五日ころに西宮市民会館で行われた第二回目の出資者らの集会において、被告ら主宰者側から、投資による利益の有無及び金額にかかわらず以後一律に月一割の定額配当をする旨の提示があったことを根拠とするものである。すなわち、《証拠省略》によって認められるように、右集会において主宰者側から右のような申出があったのに対し、出席者の一人である訴外前田ふじ子が、「前回も一割、今回も一割というのであれば金の貸し借りと思ってよいのか。」という質問をしたところ、主宰者側で「そのように思ってくれて結構だ。」と答えたことがあって、そのやりとりから、右原告ら投資者らは、以後、株価の変動に関わりなく、出資元金及びこれに対する月一割の割合による配当を被告が約束してくれたと信じたというものである。

4 しかし、株式においては、価格の変動はつきものであり、特に本件では多数の出資者が多額の投資を行っていた(《証拠省略》によれば、第一回目の投資総額は約金二億円、第二回目で約金六億円、第三回目で約金六億五〇〇〇万円、第四回目は約金一〇億円)のであるから、被告がいかに相場の神様の加藤を信奉し、確実に儲ると信じていたとはいえ、出資者全員の巨額の投資金に対して元本を保証し、これに対する月一割の配当をつけるということを契約上の義務として負担する意思で右のような申出をしたものとは考え難いことである。

すなわち、株式投資の勧誘には、投資意欲をそそるためにある程度誇大な宣伝はつきものであり、被告らの「絶対に損はさせない。」という趣旨の発言にしても、元本保証あるいは損失保証を契約上の義務として引受けるというほどの意思ではなく、単に本件株式投資の安全有利さを強調する謳い文句にすぎないものと見るべきである。また、「今後は月一割の配当にさせて欲しい。」、「貸金と同様に考えてもらって結構である。」との発言も、前記のような元本保証や確定配当の特約をなすものではなく、配当方式を変更して、利益の有無あるいは金額にかかわらず、出資者に対する配当は月一割の範囲に止めることとして、配当額の上限を画する方に意味があり、文字どおり貸金と同じように元本と約定の配当金を支払うことを約束するという意味のものではないと解するのが相当である。したがって、主宰者側の右のような発言があったからといって、これにより前記特約が成立したものと認めることはできず、ほかにその成立を認めるに足る証拠もない。

5 右のように、元本保証あるいは定額配当の特約の成立が認められない以上、右原告らのいう貸金類似の無名契約に基づき別紙貸付金一覧表(一)記載の各金員及びこれに対する約定配当金を請求する田渕以外の原告らの第二次請求も理由がないことになる。

三  第三次請求について

1 責任原因の有無

(一) 被告が、昭和五五年一月二六日、「経済問題講演会」を開催し、加藤を「株の神様である。」と紹介し、同人を指導者として株式投資を行っていくことを勧誘したこと、加藤は、右席上、「私についてくれば絶対に損はさせない。株価が半分になっても元本は保証する。」等と述べて出席者の投資意欲をあおったこと、昭和五五年七月一五日ころの第二回集会において、今後は株価の変動にかかわりなく月一割の配当を行うことにさせて欲しいとの提案を行ったうえ、投資者の一人である訴外前田ふじ子から「貸金と同様に考えてよいのか。」との質問がなされたのに対して「そのように考えてもらって結構だ。」と答えて、あたかも投資金の元本を保証し、かつ、確定配当をするかの如き言動を行ったことは先に認定したとおりである。

(二) ところで、株式投資の対象は、価格が常に変動し、価値が不安定な株式であるから、それによって利益を受ける機会もある反面、多大な損失を被る危険性も少くないものであり、しかも、本件投資においては、出資金の範囲による現物株の取引だけでなく、これを証拠金として信用取引をなすものであるから、投機的な性格が強く、一層危険の大きいものでもある。したがって、株式投資を勧誘するにあたっては、絶対に儲る、必ず損をかけないなどと誇大な宣伝をなし、株式投資に伴う右のような危険性がないかのように誤認させて投資者を釣るような、不当な勧誘方法を行うことのないように注意すべき義務があるというべきである。株式を個別的に相対で売買するような場合には、当事者間でそのような約束をしても格別の弊害はないが、本件のように、親戚、知人、後援会関係の限られた範囲の小規模なグループとはいえ、不特定かつ多数の者から出資を募り、前述のような多額の投資金を集め、主宰者(受託者)側にその投資金による売買株式の銘柄、数量やその売買時期など実際の運用方法をすべて一任させるなど証券会社の取扱う証券投資信託まがいの行為をする場合には、もし投資が損失の結果に終れば、損失もまた巨額になり、多額の投資金について、被告個人がすべての出資者に対し、元本の返還と確定配当の請求に応ずることはとうてい不可能なことは明らかであり、勧誘に際してはその可能性もあることを十分に説明しなければならず、それを言わないで、ただ、「絶対に損はしない。」とか「元本は保証されている。」等安全有利さばかり強調するような言動は、不当に誇大な宣伝にあたるものといわなければならない。もちろんこの種の勧誘にはある程度の宣伝の誇大はつきものであり、それらの言動がすべて違法な行為になるものではない。断定的判断の提供による勧誘や損失保証による勧誘を禁ずる証券取引法五〇条の規定は証券会社の役職員を対象とするものであって、一般の人がなす株式投資の勧誘に直接適用されるべきものではないし、多少誇大宣伝にわたることがあっても、その方法程度が社会的に許容される範囲のものであれば法的な責任を生ずべき問題とはいえないが、その範囲を逸脱し、行き過ぎた不当な勧誘方法を行った場合には、その行為は違法性を帯び、不法行為を構成するに至ると考えるのが相当である。

(三) これを本件についてみると、被告は、単に特定の者に対して個人的に株式投資をすすめたというものではなく、自ら主宰者として投資グループを作り、前記認定のとおり、相当数の出資者を募って多額の投資金を集めるという証券投資信託類似の行為を試みたものであり、しかも、いわゆる相場師として極めて投機的な株式の売買による仕手戦を行っていた加藤をわざわざ招き、同人を自分の経済顧問で、相場の神様であると喧伝し、同人の指導で株式投資をすれば絶対儲るという趣旨の講演をさせて出席者を信用させるなど、もっぱら安全有利なことばかり強調し、株式投資に伴う損失の危険については一言も説明せず、あたかも元本保証の安全確実な投資であるかのような誇大な宣伝で、投資者の投資意欲を殊更に煽り立てるような勧誘をなしたものである。このような勧誘の方法態様は、投資グループの主宰者として参加者に株式投資をすすめるにあたってなすべき前述のような注意義務を欠如した不当なものであり、社会的に許容される限度を越えた違法なものというべきである。その結果、田渕以外の原告らは、その言葉どおり確実に利益が上り、投下資金も必ず回収できるものと誤信し、毎回出資額を増大せしめながら株式投資を行い、ついには本件の経過に記述したような破綻によって出資額の回収不能の事態に至ったものであるから、それは被告の元本保証や確定配当の特約とみまごうべき発言や損失の危険の説明を怠るなど前述の注意義務に違反する不当な勧誘をなした過失によるものであり、その結果右原告らに損害を与えたものとして、不法行為を構成するものというべきである。

2 損害

既述のように本件の投資は四回にわたって行われ、その都度投資者を募り、その投資金を株式投資に運用して、各回ごとに手仕舞いして損益の計算をしていたのであるが、原告浦谷、同千鶴子及び同冨美子はその第一回から、同結城は第二回から、第四回まで継続して出資をしたものである。そして第三回目の投資分までは、その元本は回収されていて、結局第四回目における出資金について、その手仕舞がなされるまでに前述のような投資グループ破綻の事態が生じ、それによって、右原告らの第四回目の出資金である別紙貸付金一覧表(一)記載の各金員が回収不能となったものであり、これが右原告らの損害である。

3 過失相殺

右のように、被告の過失により田渕以外の原告らはそれぞれ出資金回収不能による損害を蒙ったものであるが、そのような結果を生じたことについては、右原告らにも過失があったものといわなければならない。すなわち、常に値動きのある価値の不安定な株式を対象とする株式投資においては、思惑外れの株価の変動によって多大の損失を被るおそれのあることは周知の事実であるから、いやしくも株式投資をなそうとする者であれば、当然そのような危険のあることを承知のうえでなすべきである。右原告らも、各自の出資金が株式に投資されるものであることはわかっていたのであるから、投資の結果が必ずしも利益ばかりではなく、損失もあり得るということ、場合によっては投資金全額の回収が不能になる事態もあるという株式投資の危険性も十分念頭において、被告のすすめに応じて本件投資グループに参加するかどうかを自ら判断すべきである。そうすれば、被告や加藤が「絶対に損をさせない。」などと言ったとしても、それが文字どおり元本保証あるいは損失保証の意味ではなく、単に安全有利さを強調宣伝するための投資勧誘の謳い文句に過ぎないことを察知し得た筈である。したがって、右原告らが被告や加藤の既述のような発言をその言葉どおりに信じて、被告が元本を保証してくれるとか、絶対に損をすることはないと考えて本件投資グループに参加したとすれば、株式投資を試みる者として極めて迂濶であるといわざるをえない。そのように軽率かつ不用意に株式投資に参加したことは右原告らの過失というべきであり、その過失は損害賠償額の算定につきこれを斟酌するのが相当である。

而して、当裁判所は、本件の場合、諸般の事情を考慮して、右原告らの過失割合を五割と判断する。

4 結論

よって、田渕以外の原告らの第三次請求は、左記各金員及びこれに対する不法行為の日である昭和五五年一一月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになり、その余は理由がないことになる。

原告浦谷 金四二五万円

同千鶴子 金二五〇万円

同結城 金六五〇万円

同冨美子 金一四〇〇万円

なお、右原告らの第二次及び第三次各請求の予備的追加的訴の変更について、被告は、請求の基礎に変更があり、かつ、訴訟手続を著しく遅滞させるものであるとして、異議の申立をなしているが、右各請求は右原告らが被告に対して出捐した別紙貸付金一覧表(一)記載の各金員について、第一次請求ではこれを貸金としていたのを、別種の契約上の債務もしくは不法行為による損害賠償債務として支払を求めるものであって、請求の基礎が同一であることは明らかであり、かつ、その判断に用いられる訴訟資料も共通で、審理の経過に照らしても格別訴訟の遅延を来たすものではないから、被告の右異議申立は理由がない。

(原告田渕関係)

一  消費貸借契約の成否

1  被告が、原告田渕主張の日に、同原告主張の額の金員を借り受けたことは被告の自認するところであるが、被告はその金員は原告千鶴子から借受けたものであって、原告田渕から借りたものではないとして、同原告の請求原因を争っているものである。したがって、同原告の主張する消費貸借については、その金銭の授受という客観的な事実は争いがなく、その貸主が同原告か、それとも被告の主張するように原告千鶴子かということが争点である。そして、《証拠省略》によれば、その金員を直接被告に交付したのは原告千鶴子であるけれども、実際にその金員を出捐したのは原告田渕であったことは明らかである。

2  そこで、右消費貸借契約の貸主が誰であるかについて検討する。

(一) 《証拠省略》によれば、右各金員が被告に貸与されるに至った経緯は以下のとおりである。

(1) 原告千鶴子は、昭和五四年一一月ころ、被告から、自民党の方で金が要るので四、五千万円の金をどこかで顔をきいてくれとの依頼を受け、原告田渕を含めて五名の知人に頼み、原告田渕から金二〇〇〇万円、訴外仙台明信から金一〇〇〇万円、同中田某から金七〇〇万円、同前田三好から金二五〇万円を都合してもらい、右金員をその都度被告に交付した。右金員の弁済期はすべて昭和五五年一一月末日であり、利息は、原告田渕が月三分、仙台が四分、中田が六分、前田が五分であった。

(2) 右仙台からの借用分は、昭和五五年一月末か二月初め頃、同人から返済を求められて、被告はこれを返済したので、さらにその穴埋めとして金一〇〇〇万円を借り入れる必要が生じ、被告は原告千鶴子にその斡旋を依頼した。そこで同原告は、再び同田渕に右金員を都合してもらい、同年二月二〇日ころ、これを被告に交付した。弁済期はやはり同年一一月末日であり、利息は月三分であった。

(3) 右のように原告田渕の貸与した金額は合計金三〇〇〇万円になったので、その担保の意味で被告は金額三〇〇〇万円、満期同年一一月末日の約束手形一通を振出して原告千鶴子を通じて原告田渕に差入れておいた。

しかし、同年一一月一日頃、原告田渕、同千鶴子及び能登の三名が西宮北口駅の近くの喫茶店で会ったところで、同人からその返済を三か月猶予すること、更に、先に被告から原告田渕に差入れた右約束手形を原告千鶴子振出の金額金三〇〇〇万円の小切手(被告が同原告に頼んで、同原告から貸与を受けたもの)と差換えてほしい旨の申出があり、原告田渕もこれを承諾して、約束手形と小切手を交換したうえ、金三〇〇〇万円の返済期限を昭和五六年二月二八日まで延期した。

なお、原告田渕は同千鶴子から、右貸金に対する月三分の割合の利息として、昭和五四年一一月の貸付日より、貸金額が金二〇〇〇万円の間は毎月金六〇万円の、貸金額が金三〇〇〇万円になってからは毎月金九〇万円の、各支払を受けていた。

(二) これに対し、被告は、その本人尋問の結果の中で、前記金三九五〇万円は全部原告千鶴子から利息月四分の約定で借り受けたもので、現にその利率による利息を同原告に支払っていたと供述し、証人能登栄三もこれに沿う証言をしているほか、右貸金に関する預り証あるいは領収証である《証拠省略》も、その名宛人は原告田渕ではなく、同千鶴子になっている。

そして、《証拠省略》から窺われるように、金三九五〇万円の金員を実際に用立てた金主にあたる原告田渕ほか前記四名の者も、その貸付については被告と全く接触はなく、すべて原告千鶴子を通じてなされており、その外見からは、同原告が原告田渕ら金主からそれらの金員を借受け、それを更に被告にまた貸ししたものと見られなくもないし、また、被告としても、原告田渕以外のそれらの金主とは殆ど面識もなく、金員の調達を頼んだ相手も原告千鶴子で、金銭の授受もすべて同原告を通じて行われていたところから、むしろ同原告から借用したという気もちでいたとも考えられる。しかし、前記のような経緯からすれば、被告としても特に同原告から借りるというように貸主を限定するつもりではなく、誰からでも借りられればよかったわけであるし、原告千鶴子としても、被告のために必要な金員を調達できるよう世話をしただけのことであって、同原告自身がこれらの金員を借りたうえ、更にこれを自ら被告に対する関係で貸主としてまた貸ししなければならない理由も必要もないのであるから、単に原告田渕ら金主である者が被告に前記金員を貸与するのを取次いだに過ぎないものと見るのが自然である。したがって、右金員は原告田渕ら金主から直接被告に貸付けたものであり、原告田渕の主張する金員の貸主も原告千鶴子ではなくて、原告田渕であると認めるのが相当である。

(三) 後述のように、被告は金三九五〇万円全額について月四分の割合による利息を毎月原告千鶴子に支払い、同原告は原告田渕に月三分の割合による利息を毎月支払っていたことは事実であるが、《証拠省略》によれば、原告田渕ら四名の金主の各々の要求を容れて、それぞれ利息が月三分、四分、五分、六分と区々の条件で借りたが、被告の方では全額について月四分の利率で計算した利息を原告千鶴子に支払うことにしてくれたということであり、必ずしも原告千鶴子が被告に対する貸主であることを裏付けるものともいえない。

右貸金の預り証や領収証の名宛人が原告千鶴子となっているのも、右のように原告千鶴子が金主との間を取次いだ関係で、いわば貸主らの窓口となっていたため、便宜的にそのように記載したものと考えられ、同原告が貸主であることの決定的な根拠となるものではなく、右認定を覆すに足りない。《証拠判断省略》

二  抗弁の成否

1  弁済

弁済の抗弁については、《証拠省略》によると、昭和五五年一一月に、原告千鶴子から借りた金三九五〇万円のうち金九五〇万円を現金で返済し、更に同月半ば頃には協和銀行の同原告の預金口座に金三〇〇〇万円を振込み、これで金三九五〇万円全額を返済したので、同原告から借用証代わりに差入れた預り証(乙第三号証の一)と金三九五〇万円相当の約束手形(乙第三号証の一六ないし二一)を全部返してもらった、ということである。しかし、原告千鶴子本人尋問の結果(第二回)で同原告は右金三〇〇〇万円返済の事実を否定しており、その証明となるべき領収証あるいは振込金受取書などの客観的な証拠は本件において提出されていないので、その支払の事実を裏付けるべきものがない。被告本人尋問の結果では、乙第三号証の一五がその金三〇〇〇万円の返済の領収証であるといっているが、金額が一致せず、原告千鶴子本人尋問の結果(第二回)によれば、それはむしろ前述のように訴外仙台明信から借入れた金一〇〇〇万円を返済したときの領収証であると認められる。前掲乙第三号証の二ないし一五並びに原告千鶴子本人尋問の結果(第二回)によって認められるように、被告は利息及び元金を支払った際には必ず領収証の交付を受けているのであるから、最も多額である金三〇〇〇万円の返済について領収証がないのは不自然であり、銀行振込であれば少くとも銀行の振込金受取書がある筈であるから、それらが証拠として提出されていないところからすれば、右証人能登栄三の証言及び被告本人尋問の結果は極めて疑わしく、にわかにこれを信用することができない。また、前掲乙第三号証の一の預り証や乙第三号証の一六ないし二一の約束手形を被告が所持していること、これらの預り証あるいは約束手形に押捺されていた被告の印影部分がくり抜かれていることも本件貸金が弁済ずみであることと直接結びつくものではなく、ほかに右弁済の事実を認むべき証拠もない。

よって、弁済の抗弁は、採用することができない。

2  制限超過利息の元本充当

ところで、《証拠省略》によれば、被告は、原告千鶴子に対し、昭和五四年一一月から、同五五年一一月まで、毎月前記原告田渕ら四名から借入れた金三九五〇万円に対する利息として月四分の割合による金一五八万円宛(但し、昭和五四年一一月分は日割計算により金三八万円)を支払い、原告千鶴子はその中から原告田渕に対して同原告からの貸金につき、月三分の割合による利息を支払ってきたことが認められる。そうすると、同原告は被告から別紙元本充当一覧表の支払金額欄記載の各金員の支払を受けたことになる(証拠によれば、被告は昭和五五年一二月から同五六年二月までも毎月金九〇万円宛を利息として支払っていたことが認められるが、その分の弁済は被告の主張には現われていないので、弁済の事実として認定するのは被告の主張する同年一一月分までの分に止める。)。そして、月三分の利息は、利息制限法所定の制限をこえていることが明らかであるから、右制限をこえる部分については、民法四九一条により、残存元本に充当すべきである。そこでこれを元本充当計算した結果は別紙元本充当一覧表記載のとおりであって、残存元本は、元金二〇〇〇万円の分は金一五三三万五八二二円、と元金一〇〇〇万円の分は金八二七万六二九二円となる。

三  結論

したがって、原告田渕の請求は、右貸金元本残額合計金二三六一万二一一四円及びこれに対する昭和五五年一二月一日から約定利率の範囲内で利息制限法所定限度の年一割五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度では理由があるが、その余は理由がないことになる。

(結語)

以上のとおり、原告浦谷、同千鶴子、同結城及び同冨美子の第一次及び第二次の各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、右原告らの第三次請求及び原告田淵の請求は先に正当と認めた限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋史朗 裁判官 川崎英治 藤本久俊)

<以下省略>

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